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さよならロリィタ

ファッション
最初に何を書こうか迷ったので、ひどく個人的な話をすることにした。
それも、とびきりエモいやつを。
 
 
私は、ロリィタ服が好きだ。
 
好きになった理由はよくわからない。
昔からああいうデザインは好きだったけれど、その原因だって親戚のお姉さんが来ていたワンピースかもしれないし、セーラームーンCCさくら種村有菜のヒロインたちかもしれない。
 
他にも思い当たる要因がないわけじゃない。色々なものがないまぜになっているのも本当で、でもそれはとりあえず置いておこう。
だって、あんなに可愛い服たちを他に知らない。それが一番大きな理由だからだ。
 
しかし、実を言うと、ついぞ私がそれに「自分の服として」袖を通したことはない。
 
ロリィタ服」というカテゴリを知ったのは中学の頃だったが、中学生ひとりのお小遣いなんてたかが知れている。田舎じゃ当然お店もない。買えるはずもないブランドの新作を待っては、父のパソコンを借りてくまなくチェックした。
たったそれだけ。でも、新しい服を見られることはこの上なく楽しかった。
多少物足りなくなっても雑誌を買えば満たされた。お化粧の勉強も、少しずつはじめた。
 
お年玉を貯めて、県内唯一のロリィタ服のお店に行ったのは高校生の時だった。
交通費とブラウス一枚分ギリギリを捻出して訪れた「BABY,THE STARS SHINE BRIGHT」は、名前の通りきらきらと眩しすぎて試着すらできなかった。
 
使えずに持ち帰ったブラウス代はすぐになくなった。高校は私服通学だったから、価値も値段も高い服より毎日着る服のバリエーションが必要だった
アリスモチーフ、フロッキープリント、薔薇のレース。
「いつか買う」と決めたお洋服のリストだけが、どんどん増えていった。
 
大学生になった。
東京にでると、憧れのお店は電車で気軽に行ける場所になった。
ウィンドウを眺めるだけで足が震えたブランドさえ、いつでも行ける、何度でも行けるという気軽さで、どんどんハードルが下がっていった。新宿や原宿に通って、気になるお店は回れるだけ回った。
憧れの服を着て歩いている人たちが、そこには当たり前のように存在した。
 
目の前にずらりと並べられた洋服は、お金さえあれば自分のものになる。
文字通り、手が届くものになった。
 
ある日、素敵なワンピースを見つけた。衝動的に、5万円引き出した。
「絶対に手に入れるんだ」と決意して試着室に入り、鏡を見て首を傾げた。
トルソーに飾ってあった時ほど素敵には見えない。要は、着こなせていない。
 
何が悪いんだろうと考えて、ダイエットをすることにした。
試験前のストレスで体重が増えていたから、服のために戻そうと思った。
二度目の試着。3kg減らしても胸のあたりがまだ窮屈だった。生理前だからかもしれないと思った。
ダイエットは継続していた。
最初の試着より5kg落として、不調でない時期を見計らってまた行った。目当てのワンピースは売り切れていたけれど、新作のジャンパースカートはもっと可愛かった。
服を変えて三度目の試着。それでも、試着室で思い知らされる。
どうしてだろう、まだ、似合わない。
 
ああそうか、私は自分の顔や身体の造形を高く見積もりすぎていたのかもしれない。
高い理想に対して釣り合いが取れていないんだろう。自分は雑誌のモデルほど可愛いわけでもないのだから、きっと、もっと努力が必要なんだろう。
もっと痩せて、化粧も極めて、また痩せて、そうやって頑張り続ければ・・・。
 
でも、そうしてあの服を着られるようになるのは、いったいいつだろう。
私が、何歳になった時だろう。
 
何かが空っぽになった気がして、ふらふらと駅に向かった。
その空っぽを埋めなければいけない気がして、気がつけばルミネに入っていた。
一番近くにあったお店で、適当なワンピースを3つ引っつかんで試着室に入った。
どうせ似合わないけど、なんでもいいから服が欲しかった。
何かを脱ぎ捨てて、新しい防具を身につけたかった。
 
そう思って顔を上げたら、自分で言うのもアレなのだけど、割とスタイルのいい女の人が鏡に映っていた。他の2着に着替えてもそれは変わらなかった。
 
ダイエットはちゃんと成功していた。化粧だっていつもよりずっと丁寧だった。鏡の中には、きちんと身だしなみを整えた女の人が立っていた。
それは紛れもなく私の努力の証だっただろう。喜んでいい場面だっただろう。それでも、どうしようもなく悲しかった。
試着室の中で、はじめて泣いた。
 
ロリィタ服は「少女らしさ」を求める服だ。女子でも、女性でもない、「少女」の服。
だから、当たり前といえば当たり前なのだが、ちっともスタイルが良く見えない。どうしようもなく、大人になってしまった自分の身体とは相反する服。
 
そんなことは最初からわかっていた。だって、「ロリィタが好き」という気持ちの中には、少なからず「女性」に向けられる様々なものへの反抗だってあったのだから。
それなのに、自分が着たかった服はそういうものなのだと突きつけられただけなのに、ひどく裏切られたような気持ちになった。
あの服が着たいという一心でかけてきた手間や努力の分だけ、私は自分を「女の人」に近づけてしまっていたなんて、あんまりじゃないか。
 
でも、この失恋はずっと私につきまとう。がんばればがんばるほど、試着室で手酷く振られるハメになる。
それに耐え切れる自信がなくて、私はロリィタを諦めた。
 
社会人になった今でも、名残惜しさで新作チェックはやめられない。
憧れと似合うの間を探して、ファッションビルをジプシーのように彷徨っている。
そうやって、上品で素敵で可愛くて、でも、普通の女の人のための服を買うようになった。
 
だけど最近、心から「いいな」と思える服を見つけた。中原淳一のブラウスとワンピースだ。
どちらも試着した時、びっくりするほどシルエットが美しかった。
かつて夢見たものとは違うけれど、服がそのものが素敵なだけでなく、今の私をきれいに見せてくれる、ちゃんと納得のいくお洋服。
 
ロリィタと同じかそれ以上の値段がする代物だけど、ひさしぶりに「いつか買う」リストが更新できたのは嬉しかった。
 
そうやって、フラれ続けた数よりもたくさん、欲しいものを見つけられたら。
諦めでもなく負け惜しみでもなく、ただ「さよなら」と、ロリィタを手放せる日が来るのかもしれない。