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宇宙とボートとSideM(後)

 
ぐっとSideM沼にのめり込むようになった理由は、もう一つの担当ユニットにある。
曲から入ってそのまま教師ユニット一直線だと思われるかもしれないけれど、友人からの布教の際にパッと目を引かれたのは実はS.E.Mじゃなかった。(曲はダントツで好みだったし、インパクトも飛び抜けていたけれども!)
 
ロゴや衣装、ユニットコンセプト、キャラクターの第一印象。
どのユニットもみんな個性的で面白くて、でも好みのど真ん中だったのは、当時まだCDの出ていない・・・というか、できたばかりの新ユニット「Legenders」だった。
 
あるのは2枚のカードと雑誌*1だけ。
カードも今のようにスカウトの対象にはなっておらず、何かしらのガチャやパネルミッションの報酬でしか手に入らない。だから友人の紹介もさらっとしたものだけだったけれど、どうしてか一番気になった。
元ネタがあるタイプのあれこれに、めっぽう弱いというのはあるんだけど。
 
狩衣みたいな衣装のあなたは? 苗字がそれってことはやっぱり??となり、
なんだろうこの珍妙な苗字・・・あ、コロンブスだからか!となり、
五七五といえば松尾芭蕉なところを、あえてその師と弟子から名前を持ってくるセンスよ・・・と、脱帽した。そらくんの名前、ほんっとーに素敵で最高じゃない?
(当時候補生登場→デビュー決定までの流れはまだ知らなかったので、後から知って他の候補生たちのことも応援したくなったのだけど、それはまた別の話なので置いておく)
 
でもたぶん、ほとんど一目惚れみたいなものだったんだろう。全ユニットを知った今でも、あの時の「なんとなく惹かれる」感じは忘れられないし。
 
それでぼんやりと「私、ここの担当になりたいかもしれない」と言うと、友人は「いいんじゃない」と答えた。
「好きになるには、いいタイミングだと思うよ」と付け足して。
 
いいタイミング。今思えば、それが一番のきっかけだったかもしれない。
 
SideMは新規参入ユーザーにも割と優しいゲームだ。アイテムを集めれば雑誌も過去のイベントストーリーも全部読める。
でも、自分がこれから全部リアルタイムで知ることができるのはLegendersだけだった。
 
「最初からは知らない」というちょっとした引け目は、それがユーザーに愛されているコンテンツであればあるほど強くなる。
S.E.Mというユニットだけでもそうなのに、SideMはそれひとつで完結しているわけではないばかりか、「THE IDOLM@STER」という巨大コンテンツの一角で、今からはじめるなんて、それこそ広大な海に身一つで投げ出されるようなもの。
友人だけでなく、アイマス好きな知人からも、「プロデューサーとアイドルが一緒に進んでいける愛あるコンテンツ」だと聞いていたからなおさら、今さら足を踏み入れることに強いためらいがあった。
だって、愛って怖いじゃないか。
 
コンテンツにむけた「愛」というのは、強ければ強いだけ内側に向かって収束していくことが多い。
愛ゆえに「全部知りたい」と思うのは自然なことだし、それが悪いとはちっとも思わない。けれど「全部知りたい」が「全部知らなければ」となった瞬間、新しく門戸をたたく人間をはばむ、高い高い壁になる。
「その壁を越えてみせよ!」という姿勢を貫くのはそれはそれで良いのだけど、百夜通いみたいなやり方は結局のところ多くの人の心を折るだけに終わることも多く、下手を打てばコンテンツそのものの縮小を招きかねない。
閉じていく姿勢は良いコンテンツであればあるだけもったいないと個人的には思うのだけど、とりあえず今したいのはその話ではなかった。
 
そんなこんなで今から入る沼もそうなんじゃないかと、最初はずっと怖かった。だからこそ、今から一緒に進んでいける子たちがいるのはとても心強かった。
そうして、体調も仕事もなんとかなったところで、2つのユニットを担当しようと思ってゲームをはじめた。
 
操作方法もあやふやなままはじめて半年ちょっと。イベントを走って、CDを買って、聞いて、覚えて、コールの予習をしたりライトを買ったりしているうちに2nd LIVEの日がやってきた。なんとか手に入れたライビュのチケットを手に、同じ時期に沼へ落ちた友人と二人でワクワクしながら映画館へ。
 
1日目。
これまでの魅力をぎゅーっと詰めこんで、爆発させたみたいなステージだった。他ユニットの良さも思う存分味わってきたけれど、やっぱり一番目を奪われたのは担当ユニットだった。
興奮しすぎて記憶も飛んでるところが多いけれど、「小さなボートで」という言葉を耳にしたのははっきりと覚えている。
それは、ゲーム内で初めてLegendersが参加したイベントで手に入れたカードの台詞。プロデューサーとユニットメンバーと「4人乗りの小さなボートで、アイドルという未知の海域へ」という優しくて前向きな言葉。文字だけだったその言葉をライビュ会場で聞いて、ブルーグレーのライトを握りしめて泣いた。
終盤、後発ユニットゆえにずっと受け入れてもらえるか不安だったという演者さんたちの言葉を聞いて、現地で一本でも多くこのライトを見せられなかったことを、ひどく申し訳なく感じた。
これからもずっと、応援し続けようと思った。
 
そうして2日目。
楽しい時間はあっという間で、名残惜しさと寂しさで泣きそうだったけれど、「顔を上げなさい」「これから楽しいことばかりじゃないか」と言われて背筋がのびた。「僕らキャストは応援してもらってここに立てる」と言われて、遅くなんてなかったとようやく思えた。
 
そして最後に、今後の展開についてビッグニュースがいくつも発表された。
新しいゲームやアニメ化というのは、さらなるユーザー獲得へ大きく舵を切ったも同然。
これについての感想は人それぞれだろうけれど、私はとても嬉しく思う。
 
だって「今からでも知ることができてよかった」と出会って一年にも満たない自分でさえ思えたのだから。新しく出会った人もいつかきっと、そう思う日が来る。なら、入り口は狭いより広い方がきっといい。
そうやって、誰か一人でも、もちろん全員でも、「応援し続けたい」と思うアイドルを見出してくれる人が増えたなら、それはとても嬉しいことだと思うのだ。
 
いつからか、肩までどっぷり沼の中。
それはそれで楽しいものだと、パンフレットを眺めながら今日もイベントを走っている。

 

*1:SideMのゲーム内コンテンツの一つ。ユニットの結成エピソードなどを明かす通常号と、イベントごとに更新される増刊号があり、ともに「思い出メモ」と呼ばれるアイテムを集めることで読むことができるようになる。

宇宙とボートとSideM(前)

ゲームをはじめてから、波はありつつも継続的に熱をあげている「THE IDOLM@STER SideM」の話。
 
怒涛の2nd LIVEが過ぎ去った先週末。現地には行けなかったけれど、ライブビューイング会場の熱気は凄まじくて、今でもまだ冷めないくらいだ。
彼らのライブをリアルタイムで観るのがはじめてだったから、というのもあるかもしれないが、有給をとって友人と喋り倒した月曜日も含め、とてもしあわせな3日間だった。
 
このしあわせな気分をとっておくためにゲームを始めたきっかけから振り返ろうと思う。そういえば海の話もしなくちゃと思っていたのだけど、まずはSideMという沼の話から。
気がつけばこの深い沼に肩までつかっているのだけど、これ、どうしてだったっけ。
 
端的に言えば友人のせいだろう。
最初にSideM存在を知ったのは、もう10年近い付き合いになる友人から、自分は今アイマス漬けになっていると聞いた時。
ちょうど勧めたい曲があるから、とりあえず聞け」と、初見キラーユニットとして名高いS.E.Mの代表曲「Study Equal Magic!」で殴られるところからはじまった。こんなにツッコミが追いつかない曲ははじめてだった。
 
その後彼らがどんな経緯でアイドルになったのかも含め色々と語ってもらったのだけど、そのパートは歌より前の方が良かったのではと今でも思う。だっていきなりこれは!! 面白かったけど!!
他のユニットについても、すでに曲が出ていたところはCDを聞かせてもらいつつ紹介してもらった記憶がある。当時の手帳を見返したら「infinity possibilities」とメモしてあったので、S.E.Mに落ちる気配はおそらくこの時点であったんだろう。
 
けれど、しばらくはそのままだった。友人とは物理的にとても離れていたし、何より繁忙期に突入してそれどころではなくなった。
 
もともと忙しい職場ではあったけれど当時はびっくりするほどのハードワークで、休み時間はコンビニご飯をデスクでつつく時くらい。朝9時過ぎには会社にいて、帰るのはいつも終電。それでも「やりたい仕事につけたんだから」という気持ちと、時折来る「報われる瞬間」が名残惜しくて、やめるにやめられなかった。
憧れていた仕事ができるのはしあわせだったし、今それを手放すのはもったいないことのような気がした。
 
でも、会社のことを知れば知るほど自分のやりたいこととズレがあることに気がついた。納得できない話で企画が潰れたり、理由も知らされないままダメ出しをあびせ続けられたりもした。
「やつれた」「やせた」と言われることが増え、胃薬と鎮痛薬が手放せなくなった。周りから「体調を崩す前にせめて会社を休め」と止められて、それでも、休んで仕事をさせてもらえなくなることの方が怖くてできなかった
 
でも、人間の限界はあっさりくる。
 
どかーんと降ってきた大きな案件をなんとかやりとげた金曜日。ようやく丸2日の週末休みを得たことに安心したら、一気に疲れが襲ってきて、シャワーも浴びずに玄関で寝落ち。目が覚めたのは16時。
日曜日の、16時だった。
 
はじめに感じたのは喉の渇きと空腹感で、水を1リットルくらい飲み干して、なんとかシャワーを浴び、コンビニに行ってカツ丼を買って食べて、10分もしないうちにもどして、鏡を見たら顔も首も真っ白。
そこでようやく、体調が相当悪くなっていたことに気がついた。
ベッドに寝転んだら積んでいた本や漫画が目に入った。気分転換にと思って買ったCDも未開封。くだんの友人ともいつから会ってないか数えながら眠りに落ちて、いつもの癖で7時に起きた月曜日。
仕事を、やめようと思った。
 
そう決意してから、辞めて、休んで、次の仕事を見つけるまでに半年くらいかかるのだけど、SideMをはじめたのは確かその後だった。
でも、その存在を思い出したのは仕事をやめてすぐ。何か元気が出るような曲が聴きたくなって、あのインパクトの塊みたいな曲の記憶を引っ張り出した。
 
 
そしてひさしぶりに聞いたその曲で、まさか泣く羽目になるなんて思っていなかった。
だって、歌ってるの男性版年齢高めPerfumeみたいな宇宙人スーツの三人組だよ? しかもなんかすごくピンクだよ??
なのにどうして、こんなに泣けてくるんだろう。
 
 
 
多分、仕事を辞めたせいでこれまで見て見ぬふりをしてきた引け目につぶされそうになっていたからだ。
 
もともと勉強が好きで、何かを「知りたい」という気持ちに助けられて生きてきた。だから、ずっとそれを支える仕事につきたいと思っていた。
大学時代の友人には先生になった子も多く、自分が「教師」という選択肢を取らなかったことに、実は少しだけ、でもずっと、引け目があった。
 
でも、ボロ雑巾みたいになっても中々手放せなかった最初の仕事は、先生とはまた違う
形で「知りたい」を助けることが叶う場所だった。教師よりずっと自分に向いていたし、やりがいもあった。だから平気だった。
 
でもそれはもう手放してしまって、私には何にもない。
じゃあ一体、これから何をすればいいんだろう。
 
 
必死に働いている時は顧みもしなかったけれど、ずっと抱えていた不安がそこで爆発した。体調不良にも拍車がかかって、次の職を探す気力がどこにも見当たらなかった。
でも、生きて行くためには仕事を得なくちゃいけない。
 
そうして偶然すがった先にいたのが、先生を辞めてアイドルになった三人組。
今はもう先生でないけれど、「知りたい」気持ちを大切に抱えたまま、前に進んで行く大人たち。
 
「教師」という道でなくても、できることはあるんだと証明されたような気がした。
 
 
 
 
そうして転がり始めればあっという間。
\ようこそS.E.Mの沼へ!/
 
・・・のはずだったのだけど、本格的にSideMにはまるまでには、もう一つ壁があった。
 
そしてそれを解消してくれたのは、また別のアイドルだったりする。
 

さよならロリィタ

最初に何を書こうか迷ったので、ひどく個人的な話をすることにした。
それも、とびきりエモいやつを。
 
 
私は、ロリィタ服が好きだ。
 
好きになった理由はよくわからない。
昔からああいうデザインは好きだったけれど、その原因だって親戚のお姉さんが来ていたワンピースかもしれないし、セーラームーンCCさくら種村有菜のヒロインたちかもしれない。
 
他にも思い当たる要因がないわけじゃない。色々なものがないまぜになっているのも本当で、でもそれはとりあえず置いておこう。
だって、あんなに可愛い服たちを他に知らない。それが一番大きな理由だからだ。
 
しかし、実を言うと、ついぞ私がそれに「自分の服として」袖を通したことはない。
 
ロリィタ服」というカテゴリを知ったのは中学の頃だったが、中学生ひとりのお小遣いなんてたかが知れている。田舎じゃ当然お店もない。買えるはずもないブランドの新作を待っては、父のパソコンを借りてくまなくチェックした。
たったそれだけ。でも、新しい服を見られることはこの上なく楽しかった。
多少物足りなくなっても雑誌を買えば満たされた。お化粧の勉強も、少しずつはじめた。
 
お年玉を貯めて、県内唯一のロリィタ服のお店に行ったのは高校生の時だった。
交通費とブラウス一枚分ギリギリを捻出して訪れた「BABY,THE STARS SHINE BRIGHT」は、名前の通りきらきらと眩しすぎて試着すらできなかった。
 
使えずに持ち帰ったブラウス代はすぐになくなった。高校は私服通学だったから、価値も値段も高い服より毎日着る服のバリエーションが必要だった
アリスモチーフ、フロッキープリント、薔薇のレース。
「いつか買う」と決めたお洋服のリストだけが、どんどん増えていった。
 
大学生になった。
東京にでると、憧れのお店は電車で気軽に行ける場所になった。
ウィンドウを眺めるだけで足が震えたブランドさえ、いつでも行ける、何度でも行けるという気軽さで、どんどんハードルが下がっていった。新宿や原宿に通って、気になるお店は回れるだけ回った。
憧れの服を着て歩いている人たちが、そこには当たり前のように存在した。
 
目の前にずらりと並べられた洋服は、お金さえあれば自分のものになる。
文字通り、手が届くものになった。
 
ある日、素敵なワンピースを見つけた。衝動的に、5万円引き出した。
「絶対に手に入れるんだ」と決意して試着室に入り、鏡を見て首を傾げた。
トルソーに飾ってあった時ほど素敵には見えない。要は、着こなせていない。
 
何が悪いんだろうと考えて、ダイエットをすることにした。
試験前のストレスで体重が増えていたから、服のために戻そうと思った。
二度目の試着。3kg減らしても胸のあたりがまだ窮屈だった。生理前だからかもしれないと思った。
ダイエットは継続していた。
最初の試着より5kg落として、不調でない時期を見計らってまた行った。目当てのワンピースは売り切れていたけれど、新作のジャンパースカートはもっと可愛かった。
服を変えて三度目の試着。それでも、試着室で思い知らされる。
どうしてだろう、まだ、似合わない。
 
ああそうか、私は自分の顔や身体の造形を高く見積もりすぎていたのかもしれない。
高い理想に対して釣り合いが取れていないんだろう。自分は雑誌のモデルほど可愛いわけでもないのだから、きっと、もっと努力が必要なんだろう。
もっと痩せて、化粧も極めて、また痩せて、そうやって頑張り続ければ・・・。
 
でも、そうしてあの服を着られるようになるのは、いったいいつだろう。
私が、何歳になった時だろう。
 
何かが空っぽになった気がして、ふらふらと駅に向かった。
その空っぽを埋めなければいけない気がして、気がつけばルミネに入っていた。
一番近くにあったお店で、適当なワンピースを3つ引っつかんで試着室に入った。
どうせ似合わないけど、なんでもいいから服が欲しかった。
何かを脱ぎ捨てて、新しい防具を身につけたかった。
 
そう思って顔を上げたら、自分で言うのもアレなのだけど、割とスタイルのいい女の人が鏡に映っていた。他の2着に着替えてもそれは変わらなかった。
 
ダイエットはちゃんと成功していた。化粧だっていつもよりずっと丁寧だった。鏡の中には、きちんと身だしなみを整えた女の人が立っていた。
それは紛れもなく私の努力の証だっただろう。喜んでいい場面だっただろう。それでも、どうしようもなく悲しかった。
試着室の中で、はじめて泣いた。
 
ロリィタ服は「少女らしさ」を求める服だ。女子でも、女性でもない、「少女」の服。
だから、当たり前といえば当たり前なのだが、ちっともスタイルが良く見えない。どうしようもなく、大人になってしまった自分の身体とは相反する服。
 
そんなことは最初からわかっていた。だって、「ロリィタが好き」という気持ちの中には、少なからず「女性」に向けられる様々なものへの反抗だってあったのだから。
それなのに、自分が着たかった服はそういうものなのだと突きつけられただけなのに、ひどく裏切られたような気持ちになった。
あの服が着たいという一心でかけてきた手間や努力の分だけ、私は自分を「女の人」に近づけてしまっていたなんて、あんまりじゃないか。
 
でも、この失恋はずっと私につきまとう。がんばればがんばるほど、試着室で手酷く振られるハメになる。
それに耐え切れる自信がなくて、私はロリィタを諦めた。
 
社会人になった今でも、名残惜しさで新作チェックはやめられない。
憧れと似合うの間を探して、ファッションビルをジプシーのように彷徨っている。
そうやって、上品で素敵で可愛くて、でも、普通の女の人のための服を買うようになった。
 
だけど最近、心から「いいな」と思える服を見つけた。中原淳一のブラウスとワンピースだ。
どちらも試着した時、びっくりするほどシルエットが美しかった。
かつて夢見たものとは違うけれど、服がそのものが素敵なだけでなく、今の私をきれいに見せてくれる、ちゃんと納得のいくお洋服。
 
ロリィタと同じかそれ以上の値段がする代物だけど、ひさしぶりに「いつか買う」リストが更新できたのは嬉しかった。
 
そうやって、フラれ続けた数よりもたくさん、欲しいものを見つけられたら。
諦めでもなく負け惜しみでもなく、ただ「さよなら」と、ロリィタを手放せる日が来るのかもしれない。